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代数学の基本定理:「n次方程式は必ずn個の複素数解を持つ」ことの証明

代数学の基本定理の歴史、直感的な意味、そして複素解析(リウヴィルの定理)を用いた美しい証明について詳しく解説します。

はじめに:方程式と解の探求

数学の歴史は、未知の数を探求する歴史でもあります。私たちが中学生のときに学ぶ二次方程式には、解の公式が存在します。しかし、実数の範囲だけを考えていると、「解なし」とされる方程式が存在することにすぐに気がつきます。例えば、$x^2 + 1 = 0$ という方程式は、実数の範囲では解を持ちません。なぜなら、どのような実数 $x$ であっても、その2乗は必ず $0$ 以上になり、$1$ を足せば $0$ になることはあり得ないからです。

この問題を解決するために導入されたのが、2乗すると $-1$ になる仮想の数、すなわち虚数単位 $i$ です。これを含む数の体系を複素数と呼びます。複素数を導入することで、$x^2 + 1 = 0$ の解は $x = \pm i$ として求めることができるようになります。

ここで一つの壮大な疑問が生じます。「複素数まで数の範囲を広げれば、どんな方程式でも必ず解を持つと言えるのだろうか?」あるいは、「さらに新しい種類の数を導入する必要が生じることはないのだろうか?」という疑問です。

この疑問に対して、数学は非常に明確かつ美しい答えを用意しています。それこそが、本記事の主題である 代数学の基本定理Fundamental Theorem of Algebra)です。この定理は、「複素数係数の任意の $n$ 次多項式は、複素数の範囲内に必ず根(解)を持つ」と主張しています。つまり、複素数という広大な数の海の中には、どんな方程式の解も必ず存在しており、これ以上新しい数を創り出す必要はないということを保証してくれているのです。

本記事では、この 代数学の基本定理 について、その歴史的背景から出発し、位相幾何学的な直感によるアプローチ、そして複素解析を用いた厳密で美しい証明までを詳細に解説します。

代数学の基本定理の歴史的背景

代数学の基本定理 は、一朝一夕にして証明されたものではありません。多くの偉大な数学者たちが、この定理の真理を疑わず、その完全な証明を目指して格闘してきました。

17世紀のルネ・デカルトやアルベール・ジラールといった数学者たちは、すでに「 $n$ 次方程式は $n$ 個の根を持つだろう」という事実を経験的に知っていました。しかし、当時の数学の枠組みでは、それを厳密に証明する手段が存在しませんでした。

18世紀に入ると、ジャン・ル・ロン・ダランベールやレオンハルト・オイラーといった巨星たちが証明に挑みました。ダランベールは1746年に証明を発表し、この定理はフランスでは「ダランベールの定理」と呼ばれることもありますが、現代の基準から見ると、彼の証明には位相的な厳密性に欠ける部分がありました。オイラーもまた、実係数の多項式が1次式と2次式の積に分解できることを示そうとしましたが、論理的なギャップを残していました。

この難攻不落の定理に、実質的に最初の完全な証明を与えたのが、あのカール・フリードリヒ・ガウスです。彼は1799年の博士論文において、先行する数学者たちの証明の欠陥を指摘した上で、幾何学的な直感に基づく証明を提示しました。ガウスは生涯でこの定理に対して4つの異なる証明を与えており、彼自身がこの定理をいかに重要視していたかが窺えます。

現代において最も標準的で洗練されているとされる証明は、フランスの数学者ジョゼフ・リウヴィルらによって築かれた複素解析(関数論)の理論に基づくものです。本記事の後半では、このリウヴィルの定理を用いた証明を紹介します。

定理の正確な主張

まずは、定理の主張を数学的に正確な言葉で記述しておきましょう。

定理(代数学の基本定理 任意の $n \ge 1$ を満たす自然数 $n$ と、複素数の係数 $a_0, a_1, \dots, a_n$ (ただし $a_n \neq 0$ )について、多項式 $P(z)$ を次のように定義する。

$$ P(z) = a_n z^n + a_{n-1} z^{n-1} + \dots + a_1 z + a_0 $$

このとき、方程式 $P(z) = 0$ は、複素数平面上に少なくとも1つの解を持つ。すなわち、 $P(\alpha) = 0$ となる複素数 $\alpha$ が存在する。

一見すると「少なくとも1つ」と言っているだけですが、剰余の定理と組み合わせることで、「 $n$ 次方程式は、重複度を含めてちょうど $n$ 個の複素数解を持つ」という、より強力な主張を容易に導き出すことができます。(この点については後述の「定理の系」で詳しく解説します。)

直感的な理解:位相幾何学的アプローチ

厳密な証明に入る前に、なぜこの定理が成り立つのか、その直感的なイメージを掴んでみましょう。ここでは、位相幾何学(トポロジー)の概念である「回転数(Winding number)」を用いたアプローチを紹介します。

複素平面上の点を極形式で $z = R e^{i\theta}$ と表してみます。ここで $R$ は原点からの距離(半径)であり、 $\theta$ は角度です。

多項式 $P(z) = a_n z^n + a_{n-1} z^{n-1} + \dots + a_0$ について考えます。もし $R$ が非常に大きい場合、 $z$ の絶対値は巨大になり、多項式の値は最高次の項 $a_n z^n$ によってほぼ支配されることになります。つまり、 $R$ が十分に大きいとき、 $P(z) \approx a_n z^n$ と近似できます。

ここで、半径 $R$ の巨大な円に沿って $z$ を1周させるとします。 $\theta$ が $0$ から $2\pi$ まで変化すると、 $z^n$ の角度は $n\theta$ となるため、 $0$ から $2n\pi$ まで変化します。これは、 $P(z)$ の描く軌跡が、複素平面の原点の周りをちょうど $n$ 回ぐるぐると回る閉曲線になることを意味しています。

次に、この半径 $R$ を連続的に小さくしていく過程を想像してください。 $R$ が徐々に小さくなると、 $P(z)$ が描く閉曲線も連続的に変形していきます。そして最終的に $R = 0$ になると、曲線は $P(0) = a_0$ という1点に収縮してしまいます。

ここで重要なのが連続性です。最初は原点の周りを $n$ 回回っていた大きな輪っかが、最終的には原点を通らない1点に縮むことになります。輪っかが原点を越えずに連続的に縮んで、原点を外れた1点にまとまることは、位相幾何学的に不可能です。つまり、縮んでいく過程のどこかで、この曲線は必ず原点( $0$ )を通過しなければならないのです。

曲線が原点を通過する瞬間、それはまさに $P(z) = 0$ となる $z$ が存在することを意味しています。これが、解が必ず存在する直感的な理由です。

  flowchart TD
    %% 曲線のマッピングの概要
    A["原点を中心とする半径 R の大きな円"] -->|"多項式 P(z) による写像"| B["複素平面上の閉曲線"]
    B -->|"R が十分に大きい場合"| C["原点の周りを n 回回る曲線"]
    C -->|"R を連続的に 0 に縮小"| D["曲線も原点に向かって連続的に縮小"]
    D -->|"位相幾何学的な連続性"| E["途中で必ず原点を通過する"]
    E -->|"P(z) = 0"| F["解の存在が証明される"]

複素解析からの準備:リウヴィルの定理

直感的な理解を得たところで、いよいよ現代数学における最も美しく厳密な証明をご紹介します。この証明には、複素解析の強力な武器である リウヴィルの定理Liouville’s Theorem)を用います。

複素解析とは、複素数を変数とする関数(複素関数)の微積分を扱う分野です。実数の関数とは異なり、複素関数の微分可能性(正則性)は非常に強い条件であり、1回でも微分可能な複素関数は、無限回微分可能であり、テイラー展開が可能であるという驚くべき性質を持っています。

複素平面全体で微分可能(正則)な関数を 整関数 (Entire function)と呼びます。多項式 $P(z)$ や、指数関数 $e^z$ などが整関数の代表例です。

リウヴィルの定理は、この整関数に関する非常に強力な定理です。

定理(リウヴィルの定理) 有界な整関数は、定数関数に限る。

ここで「有界」とは、すべての複素数 $z$ に対して、関数の絶対値 $|f(z)|$ がある実数 $M$ を超えない、すなわち $|f(z)| \le M$ となるような $M$ が存在することを意味します。

実数の世界では、例えば $f(x) = \sin(x)$ のような関数は、数直線全体で微分可能でありながら $-1 \le \sin(x) \le 1$ と有界です。定数関数ではありません。しかし、複素数の世界ではこのようなことは絶対に起こらないとリウヴィルの定理は主張しています。複素平面全体で正則でありながら、関数の値が無限の彼方に発散しないのであれば、それは単なる平坦な定数でしかないのです。

代数学の基本定理の厳密な証明

それでは、リウヴィルの定理を用いて代数学の基本定理を証明しましょう。証明の鮮やかさに驚かれることでしょう。ここでは、背理法(Proof by contradiction)を用います。

証明

任意の $n$ 次( $n \ge 1$ )の複素係数多項式 $P(z) = a_n z^n + \dots + a_1 z + a_0$ (ただし $a_n \neq 0$ )について、方程式 $P(z) = 0$ が複素数平面上に解を持たないと仮定します。

すなわち、すべての複素数 $z$ について $P(z) \neq 0$ であると仮定します。

このとき、新しい関数 $f(z)$ を次のように定義します。

$$ f(z) = \frac{1}{P(z)} $$

仮定より、分母の $P(z)$ は決して $0$ にならないため、この関数 $f(z)$ はすべての複素平面上で特異点(分母が $0$ になる点)を持ちません。多項式 $P(z)$ は至る所で正則(微分可能)であり、それが $0$ にならない限りその逆数も正則です。したがって、 $f(z)$ は複素平面全体で正則な関数、すなわち 整関数 となります。

次に、$f(z)$ の $|z|$ が無限大に向かうときの振る舞いを調べます。三角不等式を用いると、 $|z|$ が十分に大きいとき、多項式 $P(z)$ の絶対値の大きさは、最高次の項に支配されるため、無限大に発散します。

厳密には、 $|z| \to \infty$ のとき、

$$ |P(z)| = |z|^n \left| a_n + \frac{a_{n-1}}{z} + \dots + \frac{a_0}{z^n} \right| \to \infty $$

となります。 $P(z)$ の絶対値が無限大に発散するということは、その逆数である $f(z) = 1/P(z)$ の絶対値は $0$ に収束することを意味します。

すなわち、

$$ \lim_{|z| \to \infty} |f(z)| = 0 $$

です。 極限が $0$ になるということは、ある十分大きな半径 $R$ を持つ円の外側では、 $|f(z)| \le 1$ のように値を抑え込めることを意味します。 一方で、半径 $R$ の円の内側を含む閉じた円盤領域(有界閉領域)においては、連続関数は必ず最大値を持ちます。 したがって、円の外側でも内側でも $f(z)$ の絶対値はある有限の上限を超えることはありません。すなわち、 $f(z)$ は 有界 な関数です。

ここまでで、 $f(z)$ は「整関数」であり、かつ「有界」であることが示されました。 ここで リウヴィルの定理 を適用します。有界な整関数は定数関数でなければなりません。したがって、ある複素数 $c$ が存在して、すべての $z$ について

$$ f(z) = c $$

となります。 ところが、 $\lim_{|z| \to \infty} f(z) = 0$ であったため、この定数 $c$ は $0$ でなければなりません。 すなわち、すべての $z$ について $f(z) = 0$ となります。

しかし、 $f(z) = \frac{1}{P(z)}$ であるため、分数関数が $0$ になることは不可能です(分子が $1$ であるため)。これは明確な矛盾です。

この矛盾は、「 $P(z) = 0$ が複素数平面上に解を持たない」と仮定したことから生じました。 ゆえに背理法により、 $P(z) = 0$ は複素数平面上に少なくとも1つの解を持つことが証明されました。

(証明終わり)

定理の系:1次式の積への因数分解

代数学の基本定理によって、「少なくとも1つの解」が存在することが保証されました。この事実と、多項式の割り算に関する 因数定理 (Factor Theorem)を組み合わせることで、多項式を完全に1次式の積に分解できることが証明できます。

ある $n$ 次多項式 $P_n(z)$ があるとき、代数学の基本定理より、 $P_n(\alpha_1) = 0$ となる解 $\alpha_1$ が存在します。因数定理によれば、 $P_n(z)$ は $(z - \alpha_1)$ を因数に持ちます。すなわち、次のように因数分解できます。

$$ P_n(z) = (z - \alpha_1) P_{n-1}(z) $$

ここで $P_{n-1}(z)$ は $n-1$ 次の多項式です。もし $n-1 \ge 1$ であれば、再び代数学の基本定理を適用して $P_{n-1}(z)$ の解 $\alpha_2$ を見つけることができます。これを $n$ 回繰り返すことで、最終的に次のように完全に因数分解できます。

$$ P_n(z) = a_n (z - \alpha_1)(z - \alpha_2) \dots (z - \alpha_n) $$

この結果から、 「複素数係数の $n$ 次方程式は、重複度を込めてちょうど $n$ 個の解を持つ」 という極めて美しく、完全な結論を導き出すことができます。これが「基本定理」と呼ばれる所以です。

また、係数がすべて実数であるような多項式の場合、もし $\alpha$ が解であれば、その複素共役 $\overline{\alpha}$ も必ず解になります。この性質を利用すると、「任意の実数係数の多項式は、実数の範囲内で1次式と2次式の積に完全に因数分解できる」という事実も導かれます。

まとめ

本記事では、代数学の基本定理について、歴史的な背景、位相幾何学的な直感、そしてリウヴィルの定理を用いた複素解析的な証明を詳しく見てきました。

一見すると代数的な方程式に関する定理ですが、その最も洗練された証明が解析学(微積分)や位相幾何学の力を借りてなされるという点は、数学という学問の深遠さと、各分野が密接に結びついていることの美しさを示しています。

方程式の解を求めるという人類の長い探求は、虚数という新しい数を導入することで複素平面という広大な舞台を手に入れ、代数学の基本定理によってその舞台の完全性が証明されました。この定理は、現代数学の根幹をなすガロア理論や代数幾何学へと続く、輝かしい扉を開く鍵となったのです。

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