1. なぜ「最後の1枚」だけが出ないのか?
全10種類のカードが、1袋に1枚ずつ入っているとします。どのカードも同じ確率で出て、袋の外から中身はわかりません。最初は新しいカードが次々に増えるのに、残り数種類になると、開けても開けても持っているカードばかり。ようやく残り1種類になってからが、思いのほか長い……。
この経験を数学で扱うのが、クーポンコレクター問題です。ここでいうクーポンは、割引券に限らず「区別できる種類のある収集対象」を意味します。カード、シール、カプセルトイなどに置き換えると、ぐっと身近になります。
最初に結論を示すと、全10種類を集めるまでの平均回数は、約29.3回です。ただし、30回引けば安心という意味ではありません。30回までに全種類そろう確率は約62.9%で、95%以上の確率でそろえたいなら51回が必要になります。
この記事では、この数字がどこから出てくるのかを順番に確かめます。入口は「新しいカードが出る確率」。そこから期待値を導き、グラフでばらつきを眺め、最後に短いPythonコードで実験します。
2. まずは抽選のルールを決める
計算の前に、モデルの前提をそろえておきましょう。本記事で基本とするのは、次の条件です。
- カードは全部で $n$ 種類あり、1回の抽選で1枚を得る。
- 各種類が出る確率は、毎回同じ $1/n$ である。
- 抽選は互いに独立で、以前に出たカードは次の抽選に影響しない。
- 同じカードが何度でも出る。交換や重複回避の仕組みはない。
- 最初は1種類も持っておらず、全種類を1枚以上集めた時点で終了する。
これは「引いた玉を箱に戻してから、もう一度引く」抽選に相当します。有限の在庫を戻さずに引く場合や、1箱買うと必ず全種類そろう商品は、別のモデルです。
全種類がそろうまでの抽選回数を $T$ と書きます。$T$ は実験のたびに変わる確率変数です。一方、$E[T]$ は、収集を何度も最初からやり直したときの回数の平均を表す期待値です。個々の人の結果を予言する数字ではありません。
以降は $n=10$ を中心に考えますが、式は任意の種類数に使えます。読みながら、自分の好きなコレクションの種類数に置き換えてみてください。
3. 「次の新しい1種類」までの待ち時間に分ける
すでに持っている種類が増えるほど、当たりは減る
すでに $k$ 種類を持っているなら、未入手の種類は $n-k$ 個あります。次の1回で新しい種類が出る確率は、次のようになります。
$$ p_k=\frac{n-k}{n} $$10種類なら、まだ何も持っていない最初の抽選は必ず新しいカードです。5種類を持っていれば、新しいカードが出る確率は $5/10$。9種類を持っていると、確率は $1/10$ に下がります。
カードそのものの出現確率は変わっていません。自分にとって「新しい」と数えられる種類が減るため、収集が進みにくくなるのです。終盤だけ抽選の仕組みが不利になったと考える必要はありません。
確率 $p$ の当たりを待つ平均回数は $1/p$
毎回、確率 $p$ で当たる抽選について、最初に当たるまでの回数を $X$ とします。当たった回も数に含めると、$X$ は幾何分布に従います。
$$ P(X=r)=(1-p)^{r-1}p \qquad (r=1,2,3,\ldots) $$例えば3回目に初めて当たるには、「外れ、外れ、当たり」となる必要があります。その確率が $(1-p)^2p$ です。
平均回数を $a$ として、最初の1回を引いた後を考えてみましょう。その1回は必ず使います。当たれば終了し、外れた場合だけ、同じ状況から平均 $a$ 回を待ち直します。したがって、
$$ a=1+(1-p)a \quad\Longrightarrow\quad a=\frac{1}{p} $$となります。確率が $1/2$ なら平均2回、$1/10$ なら平均10回です。「10回目に当たりやすくなる」という意味ではなく、早く当たる場合も長く待つ場合も含めた平均です。
各段階を足せば、全体の平均がわかる
$k$ 種類から $k+1$ 種類へ進むまでの回数を $X_k$ とすると、
$$ E[X_k]=\frac{1}{p_k}=\frac{n}{n-k} $$です。全種類を集めるには、この段階を順番に通ります。
$$ T=X_0+X_1+\cdots+X_{n-1} $$期待値には「和の期待値は、期待値の和になる」という性質があります。この性質自体には独立性は必要ありません。そこで段階ごとの平均を足すと、求めたかった式が得られます。
$$ \begin{aligned} E[T] &=\frac{n}{n}+\frac{n}{n-1}+\cdots+\frac{n}{1}\\ &=n\left(1+\frac12+\cdots+\frac1n\right)\\ &=nH_n \end{aligned} $$$H_n$ は、第 $n$ 調和数と呼ばれます。難しそうな名前ですが、1から $n$ までの整数の逆数を足したものです。この段階分けによる解法は、MITの講義資料でも紹介されています。
4. グラフで見る、終盤の待ち時間
10種類の場合、各段階の平均待ち時間は次のとおりです。
| 入手済みの種類数 | 新しい種類が出る確率 | 次の新しい種類までの平均回数 |
|---|---|---|
| 0種類 | 100% | 1回 |
| 5種類 | 50% | 2回 |
| 8種類 | 20% | 5回 |
| 9種類 | 10% | 10回 |

図1:各棒は、その段階だけに必要な平均回数。累積回数ではありません。最後の棒は、最初の棒の10倍です。
全体の平均は、これら10本の棒を足した値です。
$$ E[T]=10H_{10}\approx29.29 $$9種類まで集める平均回数は約19.29回で、そこから残り1種類に平均10回かかります。つまり、最後の1種類だけで、全体の平均回数の約34%を占めることになります。コレクションの「残り10%」に、時間も10%だけ使うとは限りません。
ここで気をつけたいのは、最後の1種類は「特別に出にくいカード」ではないことです。どの種類が最後に残っても、その時点から出る確率は毎回 $1/10$。同じ確率のカードしかなくても、終盤の停滞は自然に発生します。
また、最後の1種類を待ちながら20回外したとしても、次に出る確率は依然として $1/10$ です。独立な抽選では過去の外れが蓄積されないため、そこからの平均待ち時間も10回のままです。これは幾何分布の無記憶性と呼ばれる性質です。
5. 種類数が増えると、何回必要になる?
同じ公式で、種類数を変えて計算してみます。
| 種類数 $n$ | 全種類がそろう平均回数 $nH_n$ | 種類数に対する倍率 |
|---|---|---|
| 6 | 約14.70回 | 約2.45倍 |
| 10 | 約29.29回 | 約2.93倍 |
| 20 | 約71.95回 | 約3.60倍 |
| 50 | 約224.96回 | 約4.50倍 |
| 100 | 約518.74回 | 約5.19倍 |
10種類から20種類へ倍増すると、平均回数は約29回から約72回へ増えます。単純に2倍にはなりません。種類が増えた分に加えて、終盤の重複による待ち時間も効いてくるからです。
大きな $n$ に対して、調和数は自然対数を使って近似できます。
$$ H_n\approx\ln n+\gamma+\frac{1}{2n} $$$\ln$ は自然対数、$\gamma\approx0.57721$ はオイラー=マスケローニ定数です。したがって、
$$ E[T]\approx n\ln n+\gamma n+\frac12 $$となり、平均回数は、おおむね $n\ln n$ の規模で増えます。ただし、10種類や20種類で具体的な回数を知りたいときは、$n\ln n$ だけで済ませず、調和数を直接足すのが簡単で正確です。
6. 平均29.3回でも、30回では約63%しかそろわない
知りたいのは「平均」か「完了する確率」か
期待値は便利ですが、「30回までにそろう確率」は別の量です。こちらは $P(T\le m)$、つまり $m$ 回以内に収集が完了する確率で表します。
全10種類について計算すると、次のグラフになります。これは乱数実験の結果ではなく、各状態の確率を順番に更新して求めた値です。

図2:横軸は抽選回数、縦軸はその回数以内に全種類がそろう確率。回数は整数ですが、変化を見やすくするため点を線で結んでいます。
| 抽選回数 | その回数以内に全種類がそろう確率 |
|---|---|
| 10回 | 約0.036% |
| 20回 | 約21.5% |
| 30回 | 約62.9% |
| 40回 | 約85.8% |
| 50回 | 約94.9% |
| 60回 | 約98.2% |
10回でそろうには、重複が一度も起きてはいけません。その確率は $10!/10^{10}$。種類数と同じ回数だけ引いても、そろう可能性はとても低いのです。
「そろう確率が初めて50%以上になる回数」は27回、90%なら44回、95%なら51回、99%なら66回です。このように、必要な確率から回数を逆算した値を分位点と呼びます。50%の分位点は中央値です。
平均より中央値が小さいのは、収集回数の分布が右に長い裾を持ち、まれな長期化が平均を押し上げるためです。平均値を知ることと、「どの程度の確率で終わるか」を知ることは、分けて考えましょう。
グラフの確率は、どう計算したのか?
$m$ 回引いた時点で、ちょうど $k$ 種類を持っている確率を $q_m(k)$ とします。最初は $q_0(0)=1$ で、それ以外は0です。
次の抽選後に $k$ 種類であるためには、次のどちらかが起きます。
- すでに $k$ 種類あり、持っているカードを引く。
- $k-1$ 種類あり、未入手のカードを引く。
この2つの経路を足せば、更新式ができます。
$$ q_{m+1}(k)=\frac{k}{n}q_m(k) +\frac{n-k+1}{n}q_m(k-1) \qquad (1\le k\le n) $$抽選後に0種類のままということはないので、$q_{m+1}(0)=0$ です。また、全種類がそろった状態からは出ていきません。そのため、$q_m(n)$ がそのまま $P(T\le m)$ になります。この計算は「持っている種類数」を状態とする動的計画法です。
カードの具体的な名前を記録しなくてよいのは、どの種類も同じ確率だからです。種類ごとの確率が違う場合は、「何種類持っているか」だけでは次の確率を決められません。
7. Pythonで1万回の収集をシミュレーションする
実際に抽選を繰り返して、理論と比べてみましょう。次のコードはPythonの標準ライブラリだけで動きます。1回の実験は「空の状態から10種類全部を集めるまで」。それを1万回繰り返します。
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set は重複を取り除く集合です。同じカードが出ても要素数は増えません。randrange(n) で0から $n-1$ までの整数を等確率に選び、集合の大きさが $n$ になるまで繰り返しています。
乱数の種を固定しているため、同じ実行環境で結果を再現できます。種を変えれば実験値も少し変わります。理論値にぴったり一致しなくても、それだけで実装の誤りとはいえません。
今回の実行では、実験の平均は29.2929回、中央値は27回、30回以内の完了率は63.27%でした。平均だけでなく、完了率も理論値の約62.9%に近い値になっています。

図3:棒は1万回の実験で得た割合、丸印は図2の累積確率の差から求めた理論値。どちらも同じ5回幅の区間にまとめています。右端の100回以上も省略せず表示しています。
多くの実験は平均の近くで終わりますが、中にはかなり長くかかるものもあります。全員が29回前後で終わるのではなく、このばらつきを平均した結果が約29.3回なのです。大数の法則は、こうした実験平均と理論値の関係を理解する手がかりになります。
8. 平均のまわりに、どれくらいばらつく?
少し踏み込むと、収集回数の分散も計算できます。幾何分布の分散は $(1-p)/p^2$ です。本記事の独立・等確率モデルでは、各段階の待ち時間も独立になるので、分散を足せます。
$$ \begin{aligned} \operatorname{Var}(T) &=\sum_{j=1}^{n}\frac{1-j/n}{(j/n)^2}\\ &=n^2\sum_{j=1}^{n}\frac{1}{j^2}-nH_n \end{aligned} $$ここでは、未入手の種類数を $j$ と書いています。$n=10$ なら、分散の平方根である標準偏差は約11.21回です。平均約29.29回に対して、かなり大きなばらつきがあるとわかります。
ただし、標準偏差がわかったからといって「平均から標準偏差の2倍以内に約95%が入る」と機械的に考えてはいけません。この分布は正規分布ではなく、左右対称でもないからです。完了確率を知りたいなら、図2の累積確率を直接使う方が確実です。
一方、1万回の独立な実験から計算した「平均値」自体の標準偏差は、$11.21/\sqrt{10000}\approx0.112$ 回です。1回の収集結果は大きくばらついても、多数回の平均は比較的安定します。個々の結果のばらつきと、平均の推定誤差は別物なのです。
9. 現実に当てはめるときの注意点
レアな種類がある場合
種類 $i$ の出現確率を $p_i$ とすると、その種類を初めて引くまでの平均回数は $1/p_i$ です。全種類の収集はそれより前には終わらないため、
$$ E[T]\ge\max_i\frac{1}{p_i} $$が成り立ちます。例えば、ある1種類だけ確率が0.1%なら、それを初めて得るだけで平均1000回必要です。等確率の10種類で得た「約29.3回」を流用することはできません。
なお、全種類の待ち時間を単純に $\sum_i1/p_i$ と足すのも誤りです。各種類は同じ抽選列の中で並行して集まり、特定の種類を待つ間に別の種類が出るからです。第3節で足したのは、互いに重ならない「次の新しい種類まで」という段階でした。
交換や重複回避ができる場合
重複カードを交換できる場合や、未入手の種類から必ず選ばれる仕組みがある場合は、収集に必要な回数が変わります。毎回必ず新しい種類が出るなら、ちょうど $n$ 回で終了します。
また「あと1種類なのだから、次こそ出るはず」という感覚にも注意が必要です。残り1種類の状態から $r$ 回以内にそれを引く確率は、
$$ 1-\left(1-\frac1n\right)^r $$です。10種類なら10回以内に最後の1種類が出る確率は約65.1%。平均待ち時間が10回でも、約34.9%はそれ以上待ちます。交換や保証のないモデルでは、有限回での完了を100%保証できません。
ソフトウェアのテストにも似た構造がある
入力パターンをランダムに選ぶテストで「全種類のケースを一度は実行したい」と考えると、同じ構造が現れます。未実行のケースが少なくなるほど、実行済みのケースを繰り返す割合が増えます。
ただし、実際のテストケースが等確率とは限らず、一度実行しただけで品質が保証されるわけでもありません。この問題が教えてくれるのは、ランダムに数をこなすことと、対象をもれなく覆うことの違いです。未実行のケースを記録して優先する設計には、終盤の重複を減らす意味があります。
10. まとめ:収集の難しさは「終わり際」にある
クーポンコレクター問題は、次の新しい1種類を待つ時間に分けると見通しがよくなります。等確率の $n$ 種類を独立に引くなら、全種類を集める平均回数は $nH_n$。残りが少なくなるほど新しい種類を引く確率が下がり、最後の1種類には平均 $n$ 回が必要です。
全10種類なら平均は約29.3回ですが、30回までにそろう確率は約62.9%。95%以上の完了確率には51回が必要でした。平均、中央値、完了確率を使い分けることが、数字を正しく読むポイントです。
「最後の1枚が出ない」という日常のもどかしさには、はっきりした数学的な理由があります。まずはPythonコードの種類数を6や20に変え、予想してから実験してみてください。カードの重複が、調和数や確率分布へつながる様子を確かめられるはずです。
参考資料・再現用ファイル
- MIT OpenCourseWare:Coupon collectingを扱う講義資料 — 期待値の段階分けと確率の評価。
- グラフ生成用Pythonコード — 本記事の3枚のグラフを再生成できます。Pythonに加え、Matplotlibが必要です。
- グラフの計算値(JSON) — 理論値、完了確率、シミュレーション結果の要約。
グラフは上記のモデルから独自に計算・作図したものです。アイキャッチは内容をイメージした生成画像で、計算結果を示す図ではありません。
